”醤油はみんなとつながる”

産業観光

有限会社 濵口醤油

濵口 はまぐち ただし

出身:江田島市大柿町
活動拠点:大柿町柿浦
趣味:音楽鑑賞
好きな言葉:前へ
好きな食べ物:焼きそば、チョコレート、刺身
江田島のここが好き:柿浦のソウルフード
今、気になる人:小西 博基さん(里の駅能美産直市場)

 

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  • 醤油の製造、販売

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  • 「これ一本」の認知度を高めていきたい
  • 販売のエリアを広げていきたい

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  • 醤油のことならなんでも相談に乗ります。

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  • 醤油を通じてみんなとつながりたい

 

後藤記者の取材後記
(取材日:2019年1月29日)

 

知れば知るほど奥の深い醤油業

さかのぼること天保の時代、濵口醤油は創業した。醤油をはじめとした調味料の製造を170年以上続けてきた歴史ある醤油屋さんだ。醤油というと、どの家庭にも置いてある調味料。おそらく、ほとんどの人が毎日口にしているのではないだろうか。そんな身近な醤油、どのように作られていて、どんな種類があるのか。知れば知るほど、その奥深さに関心が高まる。

濵口醤油では、50~60種類の製品をつくっていて、その種類の多さに驚く。例えば、看板商品の「玉萬寿醤油」。本醸造のこくいち醤油で、品評会での受賞実績もある。そして、玉萬寿醤油をベースに調味料を加えてできる人気商品の「これ一本」。僕の家にも常備されている万能醤油だ。ほかにもいろいろな商品があって、すべててを味比べしたくなる。興味深かったのは、ボトルに詰められる商品以外にも、広島市内をはじめ各地の飲食店のオリジナル醤油を製造していること。中には名前を聞いたことのある有名店の醤油もある。知らないうちに僕たちは濱口醤油を味わっていたことに気づかされた。

 

お店に並ぶ濵口醤油の商品

 

製造工程も興味深い。協同組合で製造された「生揚げ(きあげ)」という醤油の原型にみりんなどの調味料を配合し、特殊な機械を通して「火入れ」という工程を経てベースとなる醤油ができる。この火入れがとても重要な工程で、火入れが濵口醤油のすべての商品の味を決めるといってもいいくらい。その後、タンクでろ過して、調味料の配合、充填などの工程を経て、商品ができあがる。

 

火入れの説明をする濵口さん

 

充填・梱包専用の機械

 

生揚げ醤油(左)と調味料を加えられた醤油(右)を味比べしてみた。例えるなら、生揚げは武骨な昭和のお父さん、調味醤油は家族を優しく包むお母さん。

 

 

怒涛の時代

濵口醤油の6代目として会社を切り盛りしている濵口さん。いつも気さくでユーモアあふれる印象の濵口さんだが、その背景には厳しい人生を歩んできた経験があった。
柿浦で生まれ育ち、広島市内の崇徳高校に進学。ラグビー部に入り、下宿生活を3年間過ごした。名門校の部活動、当然ながら超体育会系で休みはほとんどない。入学時に30数人いた同級生の部員は 3年生になるころには8人に減っていた。今では考えられないほど厳しい指導だったが、3年間続けた。その後、東京農業短期大学に入り、有名な監督の元、高校時代以上に厳しい練習に耐えた。練習のみならず、寮代わりに監督の自宅で共同生活するという状況だった。大学卒業後はスポーツ関連の企業に就職。セールスマンとして働いていたが、バブルが崩壊し、入社後9か月で会社が倒産。それを機に広島に戻り、中国醤油醸造協同組合で1ヶ月間、宿直をしながら修行を積んだのち、島に戻り濵口醤油を継いだ。
しかし、バブル崩壊後の醤油業。取引先の食料品店や同業者がどんどんつぶれていく中、濵口醤油の経営も厳しくなってくる。有効な改善策も見当たらないまま、トラックに商品を積んで、一般家庭や飲食店をとにかく御用聞きに回る毎日。ようやく大口の契約がとれたと思ったら、その取引先が倒産するなど、非常に苦しい時代だった。
そんな中、広島県内の特産品が集まる「ひろしま夢プラザ」の仕入れ担当者との出会いがあった。それまで「魚の煮つけ名人」として販売していた商品の名称を変えたほうがよいのではないかという提案を受け、試行錯誤の末「これ一本」という名称に改名した。この商品がラジオで紹介されたところ、あっというまに売り切れになり、その後も濵口醤油の人気商品として売り上げを伸ばすようになった。

 

「これ一本」を手に取り説明をする濵口さん

 

 

本当にお客様が喜ぶ醤油をつくる

この5,6年ほどで会社も安定して黒字化してきたが、今も業界的には厳しく、醤油を本業として続けている事業者は少なくなっているという。「醤油業が大変なのは知っていた。『継げ』と言われたことはなかったが、ずっと『継ぐ』つもりだった。」と濵口さんは言う。ラグビーや会社員時代の苦労と努力があったから、ここまであきらめずに会社を切り盛りしてこれたのかもしれない。

醤油業の信念について尋ねたところ、「ほんまにお客さまが喜ぶ醤油をつくる。自分が作りたいものを作って自己満足したらいけん。」と濵口さん。これまでの苦労があったからこそ言葉に重みを感じる。

 

醤油を通じて人とつながる

「醤油はどの家庭にも置いてある身近な調味料じゃけん、醤油はみんなとつなげてくれる。」 醤油業を通じて様々な人と出会ってきた濵口さん。言われてみると、普段何気なく使っている醤油に、いろんなドラマが詰まっている気がしてくる。
昨年制作したオリジナルのトートバッグとTシャツは、あっという間に売り切れた。それだけ多くの人に親しまれていることが伝わる。また、新たに加工場を設置し、ますます醤油業を追求していこうとしている。これからの濵口醤油について尋ねてたところ「前進あるのみ」と返ってきた。

 

新しい作業場をつくり、事業の展開を図る

 

後日、江田島市で開催された武道大会の会場で出店していた濵口さんに出会った。大会に参加している選手や保護者が列をなして濵口醤油を使った食べ物を買い、おいしそうに食べている。商品の説明や料理のレシピなどを笑顔で説明する濵口さんを見て、今日もいろんな人とつながっているんだなあと実感した。

 

 

(文・写真 後藤峻)

 

人物ストーリー

  • 江田島市大柿町柿浦出身
  • 中学卒業後、広島市内の高校に進学。寮生活を送りながらラグビー漬けの毎日を過ごす。
  • 高校卒業後、東京農業短期大学に入学。2年間、監督の自宅に住み込みをしながらラグビー部の練習に励む。
  • 大学卒業後、東京のスポーツ関連企業に就職するが、入社後9か月で会社が倒産。
  • その後、広島に戻り中国醤油醸造協同組合で1か月間修行を積んだのち、地元に戻り濵口醤油を継ぐ。

 

連絡先

有限会社 濵口醤油
住所:広島県江田島市大柿町柿浦2080
TEL:0823-57-2136
http://hamaguchi-syoyu.com/

 

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